2020
05.22

親友、逝く。私たち、友達だったよね?

BLOG

私たちが出会ったのは20年ほど前。
ちゃんと出会ったのはたぶん竹島の駅にあるカフェだった。
(我ながらよく覚えている)

当時、私たちはコーチングスクールのクラスコーチという
コーチングを学ぶ人たちのためのスクールのクラス運営を担当してた。

当時、クラス運営をしている私たちは100名以上いたのだけれど
その中でイケてるチームとイケてないチームみたいのがあって。笑
私はイケてるチームになんとかついていこうと
今思えば大変に頑張っていた。
その時に、出会った。

ちょっとお互いに共感したのだと思う。
そして彼女は共感性が高くて他人への配慮も気遣いも本当に心地が良くて
一緒にいてこちらに気を使わない、姉か母親のような雰囲気の人。
それでいて見た目はスタイリッシュで痩せていて格好良くてかわいくてね。

あっという間に仲良くなって
そこから疎遠になるまでずっと長きにわたって私の研修のサブ講師やアシスタントをしてくれた。
彼女が一緒にいてくれるだけで、どれだけ精神的に支えられたことか。

ちょっと難しい企業さんの小難しい参加者が集まった研修などで
彼女が冒頭に「おはようございまーす〜」と
優しげに場を暖めてくれたのがどれだけ助けになったか。

研修の休憩中にもテキパキ働いてくれて気を使ってくれて
それにどれほど癒され助けられたか。

思い返すと私が研修講師として活躍できたのは
彼女のサポートあってのことだったんだなあと
今更ながらに思い出されます。

そして20年近くも一緒にいたので、お互いになんでも話をしていて
仕事のことだけじゃなく、恋愛のことやお金のこと、家族のこと、
自分の内側に隠し持っていたトラウマやはまってしまった日常のドラマ(テレビ番組じゃない)
そんなこともなんでも話して相互に学び成長してきた。

なぜか学ぶ場所や興味を持つ場所はいつも違うので
一緒に何かを学んだことはほとんどなかったけれど、
違うところで学んでいるのに、同じようなことを同じタイミングでテーマにしながら
お互いにそれをシェアしてさらに違う視点から自分の学びを深めていた。

私は自分が学んだことや感じたことを彼女に話すことでさらに学びが深まったし
感心して聞いてくれる彼女がいることで自分に自信が持てた。
10年ほど前、自分史上最悪な失恋をしたときも
これまた同じようなタイミングで同じような体験が彼女にもあったので
その頃はほとんど毎日のように会ってくどくどと同じ話を繰り返し
新宿の居酒屋とかで一緒にさめざめと泣いたりしていた。

私が大人になってもっかい大学にチャレンジしたいと言った時に後押ししてくれたのも彼女だったし
思えば人生のラーニングパートナーのような存在だった。
私のない部分を彼女が担ってくれて、いつも私を補ってくれていた。

その彼女ががんの宣告をされたのはたぶん6年ぐらい前だ。

その日私たちは長年担当している自動車メーカーさんの研修をいつもどおりに終わらせ
帰りにご飯食べて帰ろうと新宿のビル中にある中華料理屋に入った。

いつも通りにビール二つ頼もうかと思ったら彼女が「飲まない」と言う。
どうしたの?と聞いて、実は、とがん宣告されたことを聞いた。
血の気がひいた。

「私死んじゃうのかな」
と野菜炒めを食べながら、涙を流して彼女は言った。

体調が悪くなったらすぐ言うこと。
心配なことがあれば遠慮なく言うこと。
そんなことを二人で話した。

それから私はたまにそのことを思い出し、
思い出した瞬間はぎゅーっと心臓を掴まれるような気持ちになった。
そんな心配は時々波のように襲ってはきたけれど
それでもほとんど2人でいる瞬間にそのことを思い出すことはあまりなかった。
だってその後もずっと同じような日々が続いていったのだ。

相変わらずずっと私の研修のアシスタントは彼女だったし
休みの日に会ってランチをするのも彼女だったし
私たちはほとんど何も変わらないように過ごしていた。

ちょっと変わっていったのは、
彼女がスピリチュアルな友人達が紹介する”先生”たちのところへ
少しずつ頻繁に通うようになったこと。
そこでいろんなことを言われて、彼女がそれを頭から信じているようだったのは
内心ではとても気に食わなかった。
荒唐無稽だと私には感じられるようなこともたくさんあった気がしたけど
それはあんまり口にはしなかった。

世の中には病気を治せたり
未来がわかる”先生”たちがたくさんいるようで
ある時、同じコーチ仲間の男性からの紹介で行った”先生”に
がんの進行を完全にストップできたと言われたと言って喜んでいた。
正直、全然ぴんとこなかったけれど、彼女が喜んでいるのならばいいかと思っていた。
その”先生”たちが本物かどうかなんてことよりも
彼女が元気に過ごしてくれることの方がずっとずっと大事だ。

それでも私はちょっと気に食わなかった。
彼女は共感性が高く、とても優しい人だったけれど、
自分で何か決めるということが苦手だ。
お姉ちゃん資質で、年下の私をいつも優しいお姉ちゃんのように気使ってくれた。
今日何食べる?どこいく?も10回に8回は私が決めた。
私はそれがすごく嬉しくもあり、悲しくもあった。

徐々に彼女は”先生”のいうことを頭から信じるようになっていったのだけれど
病気で心が弱くなっているだろうからその気持ちは共感できる。
でも、もやもやした私は何度となく彼女にそれをぶつけた。

「先生が言うとそれは正しいの?」と聞くと
「言われたからそれがきっかけになったのは間違い無いけれど
自分で決めたんだよ」と彼女は言った。

がんのことはよくわからない。
ある日には、すごく進行していると先生に言われたと言って落ち込んでいたと思いきや
次のときに会うと
完全に消滅していたと言って喜んだりもしていた。
そんなふうに話してくれたのも私の前からいなくなる数ヶ月前だ。

ますます私はよくわからなくなった。
彼女に「よかったね」も「ほんとに大丈夫?」もなにも言えなかった。
本当は彼女が自分のしている治療を信じたいと
自己正当化しているように見えるのが気に食わなかった。
どんどん言えないことが増えていって私はちょっとずつ本音を隠しはじめた。
そして少しずつ私たちには距離ができた。

そんなある日、私の住んでいた三軒茶屋で久しぶりにランチをすることになり、
その日午前中に彼女が私の家まで来る予定だった。
数日前、約束した時のメッセージでは
「久しぶりに順ちゃんちに行きたいからそっちへ行くねー!」と
いつも通りの彼女だったのだけれど。

ところが、当日の朝になって、ラインでキャンセルのメッセージ。

「今日は気圧が不安定で行くのが辛いのでやめておきます」

は?
なんだその理由。

ちょっとわけがわからない。
いつも気遣いの人の彼女が理由不明の断言口調。
とりつくしまもない。

しかしそう言われたら受け入れるしかなく
「わかった、じゃあまたの機会に!」と絵文字を入れて私は返した。

その後、次はいつにする?と何度も彼女に連絡を入れたが
のらりくらりと断られ続けた。
研修のアシスタントはその半年前ぐらいから
通院のこともあるし、順ちゃんに頼らず自力で頑張りたい、
だから少し減らしたいと言われていたこともあって
結局彼女と仕事でもプライベートでも会う機会がなくなってしまった。

「どうしたの?なにかあったの?
何かあるなら話してくれない?」
と彼女にメッセージをした。

「病気のこと?〜じゃないよね?」
がんは消滅したって言ってたもんなあ。
「もし私になにかあるなら教えて欲しいな」
結構私はしつこくメッセージをした。

最後に返ってきたメッセージは1行。
「いつか話せる日が来るといいね」

それから1年半。

私はずっと彼女からのランチの誘いを待っていた。

何があったのか全くわからないけれど、
きっと何か誤解があって、そのうちに
「ごめん!」ってメッセージが来るのを待っていた。

話したいことがもうそれはそれは山のようにあった。
ちょっと聞いてよ〜!!
で、そっちはなにしてたの!?なにそれー!
と話が盛り上がることを私はもう何度となく想像していた。

彼女に話すと自分のとっちらかった頭が整理されて
お互いの学びと発見に繋がり、
どちらか片方に起こったことなのに、
実は双方が違う体験から同じような学びをしていたことに気づく。
そんな会話がまた必ずできると信じていたので
一体いつまで彼女はかたくなに連絡してこないのだと
内心めちゃくちゃもやもやしていらいらもしていた。

何が起こったのかがわからないと勝手に脳内で妄想ドラマが繰り広げられる。
私が勝手に信じ込んでいたストーリーは
その当時、”先生”がああしろ、こうしろとしょっちゅう多岐に渡りさまざまな指示をしていたものだから
その中で私と付き合うなとか友達を変えろとか
・・・もしや言われたんではないかと勝手に想像していた。

いろいろ先生が言うことを彼女が忠実に始めるたびに
「それは本当にあなたがしたいことなの?」と聞く私はうざかったと思う。

そのたびに彼女は
「きっかけは言われたからだけれど自分で決めたよ」と話していた。

今となれば・・それらは実際そうだったのだと思う。
もうどっちにしたって彼女はそれをやることになっていたのだから
それをただただ見守っていればよかった。
なのにその頃の私には
「いや、それはそうじゃないだろ」というエネルギーが間違いなく漏れていた。

いやはや。
ああー悔やまれる。
なんで見守っていられなかったのかな。

結局彼女からランチの誘いはなかった。

去年の12月に一人で逝ったと今週になって人伝に聞いた。
全身から力が抜けた。
そんなストーリーは全く想像しなかった。

どういう経緯があったのか、誰も知らない。
知らせてくれた女性も全くわからないという。

誰にも知らせずにたった一人で逝った。

そのことがもう残念でならなくて
しばらく泣いた。

私たち友達だったよねえ?

死ぬってなんだろう
彼女は自分と繋がってたのかな
なんで病気になったのかな
やっぱりなにかを気づかせるためで、そしてそれにちゃんと気付けたのかな
だったらなんで一人で逝ったんだろう
なんで私は最後に会えなかったんだろう
話したいことがいっぱいあったな
病気を通して彼女は何を感じたんだろう
聞きたかったな
何を思ってたのかな
知りたかったな

まあいろんな問いが頭の中をぐるぐるぐるぐるして
この数日間は正直なにも手につかないって感じだったのだけれども

ふっとわかったのは
どう側から見えたとしても彼女の魂は彼女のやりたいことをパーフェクトにやり尽くして
それが終わったからただ還って行ったのだということ。

そしてそれを見る私もこのことを通して
そこから何を学び感じ生きていくのか。

それが私の生き方に影響を与え続けていく限り
彼女は私の中で死なないんだなってなんだかわかったの、です。

だから悲しいけれど悲しくはない

というか

悲しんでいる暇はない、というか
自己憐憫にはまっているうちは彼女からもらったものを生かせない。

そう思って
ますます自分自身を生きていこうと
しみじみ思っているのです。

ありがとね。
素晴らしい友達でいてくれてありがとう。
たくさんの愛をありがとう。